匿名とは?/ アットローン
[ 1412] 匿名 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%BF%E5%90%8D
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匿名(とくめい)とは、何らかの行動をとった人物が誰であるのかが分からない状態を指す。自分の実名・正体を明かさない事を目的とする。 各人の匿名性を保証することにより、各人のプライバシーが保護できるという利点がある一方で、匿名であるのをよい事に悪事を行われかねないという欠点がある。 各人のプライバシーが保護されるという匿名性の利点を最大限に生かせる行為として告発がある。 匿名性が保証された方法で権力者や企業の不正を暴露することで、不当な弾圧や差別を受ける事無く不正を公にすることができる。 また寄付を初めとした社会的善行も匿名で行われることがある。 自分が誰であるのかを隠して寄付を行う事で、売名の為に寄付したのでは無い事を示す事ができ、しかも周囲から余計な詮索を受けずに寄付を行う事ができる。 一方で匿名性は悪事を助長しかねない一面がある。自分が誰であるのかを特定されなければ、後で自分の言動に対する責任を追及される危険が無いので、匿名であるのをよい事に、他人を誹謗中傷するといった悪事を行う者が現れかねない。 今Aを行った可能性がある人物が100人いるとする。このうち99人が自分はAを行っていない事を証明したならば、最後の一人がAを行ったのだと結論づける事ができてしまう。 匿名性を保証し、しかも同時に匿名性を悪用されない方法を見付ける事は、暗号研究における大きなテーマの一つである。 匿名性に関わる代表的な暗号プロトコルとして以下のものがある。 落札者と入札者の入札金額だけが公知となる。その他の入札者がどの金額で入札したのかは誰にも分からない。 普通の公開鍵暗号の場合、送信者の匿名性は保証されるが受信者の匿名性は保証されない。 しかし受信者の匿名性に考慮した暗号方式の研究もなされている。 各ユーザは、発行者という権限者と通信する事でグループに加わる事ができる。 グループのメンバーは、署名文を作成できる。 この署名文は署名者がグループに属する事を保証するが、 しかし署名文から署名者がどのメンバーであるのかを特定する事はできない。 ただし追跡者という権限者のみは例外的に署名者を特定する権限が与えられている。 グループ署名方式では、追跡者に署名者を特定できる権限を与える事で、 グループメンバーが匿名性を悪用する事を抑止できている、という利点がある。 しかし、グループ署名方式では追跡者に対しては一切の匿名性が保てないので、 追跡者は信頼できる人物でなければならない。 しかし、グループ署名方式には追跡者に対しては一切の匿名性が保てないという欠点が ある。より匿名性を高めるために、署名者が指定回数以上 の署名を行った場合にのみ、追跡者が署名者を特定できるグループ署名方式も存在する 報道においては、たとえば、「情報発信源を明確に明らかにしない(オフレコ)」という約束で記者が実力者・役職者から談話をもらうことがある。そのような場合、「政府筋によれば」(以下同じ)「×国筋」「現地の信頼すべき消息筋」というように「筋」という接尾語を用いて発言者を隠蔽することが多い。また、事実上発言者を特定できる言い換えもあるが(たとえば「政府首脳」は日本の場合、内閣官房長官を指すことが多く、内閣総理大臣自身を指すこともある)、これも事情を知らなければ特定できないので、不特定多数の読者にわかりにくくする効果はある。ちなみに、福田康夫は内閣官房長官時代、「政府首脳」のものとして報じられた発言が、自分のものであることを認めたことがある(福田康夫#安全保障)。 事件・事故報道では、被害者となった人物の氏名が明かされることにより、暴力的・攻撃的な取材(メディア・スクラム)が行われ、また名が世間に広まることにより、従来の静謐な生存環境が破壊されるという現象が広範に発生している。これらを二次被害という。とくに子供など、何らの反論手段を持たない社会的弱者にとって、二次被害によって受ける傷は甚大なものである。二次被害を防止するため、捜査当局が報道に対して被害者の個人情報を漏洩することを禁止すべきだという論議が急速に高まっている。 加害者に目を移すと、被疑者・加害者少年の匿名報道が少年法61条で義務付けられている少年犯罪など一部を除くと、日本では実名報道がほとんどである。マスメディアの多くは被疑者が警察などの公権力から人権侵害を受けるのを防ぐために実名報道は必要だと主張している。 これらの主張に対しては、実名報道はプライバシーを侵害することがあり、被害者やその家族を苦しめるだけでなく冤罪であることが分かった被疑者に取り返しのつかないダメージを与える、刑に服した後の元犯罪者の更生の機会を奪っているという批判がある。 逆に警察などの公権力に対しては匿名性を高くして報道する傾向がある。「*県警の調べで分かった」「*日までに逮捕した」という言い回しが代表的で、これでは「県警」の「誰」からの情報・いつの事なのか分からず、権力チェックとなり得ていないとの批判がある。また、公権力からの情報操作に見舞われやすいとの指摘もある。 スウェーデンでは事件報道において一般市民は原則匿名で、政治家・上級公務員・警察幹部・大企業経営者・労働組合幹部[要出典]など社会的に大きな影響力のある「公人」が事件に関与したとされる場合に限って実名で報道される。スウェーデン以外の国でも、たとえば「**警察の*警部が話したところによると」と発表した者の実名・階級・役職を詳細に報道することが多い。 公務員の選挙において票を投ずることは、最も基礎的なレベルでの政治的意思の情報発信であるが、匿名で行うこととされている(秘密投票)。これは、投票者の投票結果を他者が確認できないようにすることで、候補やその関係者による脅迫・買収等を行いにくくすることが目的である。選挙において匿名が保証されない場合は、投票行動に対して軍事力・警察力を背景にして圧力をかけることが可能となることから、民主主義を標榜する独裁政治に陥ることがある。 日本においては、日本国憲法第15条4項で選挙において投票は匿名であることが義務付けられている。さらに、投票者の無責任も明示している(同項後段)。 インターネットが一般に普及する以前に盛んであったパソコン通信においては、通常各個人に対して一つのIDが発行されていた。この環境では、IDを用いずに活動することは難しかった。また、通常書き込み者のIDも他者にわかるようになっており、最終的にはそのIDのもとで自身の発言・行為に責任を負うことになっていた。[要出典] そのような流れから、パソコン通信に参加していた者の間では、インターネット上でもハンドルのもとで自身の発言・行為に責任を負うのがネチケットとされることがあった。しかしながら、インターネットが一般化するにつれて、パソコン通信の経験のない者が増え、例えば日本では匿名掲示板「2ちゃんねる」の台頭もあって、自身固有のハンドル名さえ使わない匿名化が広がっている。匿名掲示板あるいは匿名化の支持者は、匿名によって自身への攻撃のリスクを低減できると、また忌憚のない発言が可能になると主張する。これに対して反発する者は、無責任な発言や誹謗中傷、名誉毀損、脅迫などの犯罪行為までもが横行しているなどとしている。 インターネットで発言や行動をした場合、本格的に追及すればほぼ判明してしまうが、特定のサーバーに対し多大な負担を掛けて潰す等といった極端な荒らし行為や犯罪を犯さない限り、追及を受ける危険性は少なく、容易には自分の正体を明らかにされない。そのため一般的にインターネットでは自分の正体を明かさずに発言や行動ができると思われており、それがチャットや電子掲示板で他人への誹謗中傷を繰り返したり犯罪の温床を作り出しているという意見もある。 米国のBlogでは、基本的に実名での情報発信、実名での反論を行う事が主流であり、匿名での参加は容認されない。[要出典]米国のBlogが社会的影響力を保有するまでに成長しつつあるのは、匿名性を極力排除した事によって発信される情報の信用性が保たれているからだとする見方もある。[要出典]ただし、電子フロンティア財団は個人ブログの匿名による運営を推奨している。一方の日本では、多くのインターネットコミュニティで匿名が容認されているため、事実であるか疑わしい情報が氾濫しているという見方もある。[要出典]「組織的な誹謗中傷(コメントスクラム)による他者への攻撃が多発している」とする見方もあるが、匿名であるため組織的であるかは不明であるほか、通常の質問等を攻撃と受け取っている場合もあるようである。 匿名での発言は自身の行為に責任を負う意志の無い事を表しているとして、匿名あるいは実質上匿名であるハンドル(「名無しさん」「通行人」「通りすがり」の類い、または「あああ」などその場限りの捨てハンドル)の使用を明確に禁じるコミュニティもある。またソーシャル・ネットワーキング・サービスという形で、既存の参加者が信頼できる人物のみ新規の参加を認める形で、責任ある発言を維持しようとするコミュニティも出現している。 |
[ 1413] 匿名掲示板 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%BF%E5%90%8D%E6%8E%B2%E7%A4%BA%E6%9D%BF
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この項目は、その主題が日本に置かれた記述になっており、世界的観点からの説明がされていない可能性があります。ノートでの議論と記事の発展への協力をお願いします。(Template:国際化) 匿名掲示板(とくめいけいじばん)とは、ほとんどの投稿者が本名を名乗らず、意見や感想を投稿する電子掲示板のこと。仮名やペンネームに相当するハンドルネームを名乗って意見を交換する。このため、個人情報を秘匿して書き込むことができる。実名を名乗って書き込む電子掲示板に対する用語。世界の電子掲示板を見ると、国ごとに匿名が主流か否かが異なる。 広義には、実名ではなくハンドルネームを使って書き込むという発想が定着した電子掲示板を指す。しかし、ネットワーク上で用いられる仮名の役割を果たすハンドルネームが、現実世界での実名に匹敵する一種のアイデンティティを生んでいると感じている人も少なからずいる。そのため、狭義には「匿名掲示板」とは特定ネットユーザーの書き込みを判別することが難しいハンドルネームを用いなくても書き込みをすることが可能な掲示板を意味する場合もある。日本国内の例を挙げると、「匿名」という名称から個人を特定できない「完全匿名」で書き込みが許されていた時代の2ちゃんねるを『匿名掲示板』と呼称していた者が、その名残として現在でも使用している場合が多い。なお、Yahoo!掲示板のように、登録制であっても登録と書き込みに実名を要しない電子掲示板も狭義の「匿名掲示板」に含められる場合がある。 しかしながら、ネット上では複数のハンドルネームを使い分けることは可能であり、また便宜上異なるハンドルネームを使用しなければならない場合もあり、この世に一つしかない実名を使うことによって発生する現実世界のアイデンティティと異なるのは言うまでもない。 ごく僅かではあるが、記事投稿の際に名前欄が存在しないため、実名・ハンドルを問わず「名前」を使用することができない掲示板も存在する。このような掲示板では、発言者のアイデンティティが存在し得ない、対人としてのコミュニティは行われず対記事としてのコミュニティが行われるなど、既存のコミュニケーション手段とは異なった現象が発生する。匿名掲示板の考え方をさらに推し進めたものであるといえる。 パソコン通信時代の電子掲示板と言えば「草の根BBS」や「フォーラム」と呼ばれるものが主体であった。当時は、パソコン通信の利用者も少なく現実世界の延長線上として実名で何かを投稿するものが多く、それが慣例化していた。限られた閉鎖的な空間で、不特定多数の人間に自分の意見が観察されたり、されるという懸念もない安心感があったと推測される。 1990年代半ばからグローバルな開かれた通信網のインターネットの発達により、パソコン通信は廃れ、同時にパソコン通信による実名で投稿するようなBBSや形式も廃れた。一般向けサービスが拡充されたことによって、インターネット利用者も莫大に増え、不特定多数の見ず知らずの人間と交流することも多くなった。そのため、インターネット上で限られたメンバーのみとの交流を図りたい場合、実名で書き込むことは難しいと考えられはじめ、また、インターネットの特質上容易に書き込みやすい反面揉め事も起きやすく、実名で事件が起きると大きな精神的被害を受け、時には現実的な被害を生む不安が生まれた。そういった掲示板でのコミュニケーションの円滑化を目的としたネットユーザーや、ネット上でちょっとした遊び心を出しやすい環境になった結果、現在のハンドルネームの常用の慣習が生まれ、現在の匿名掲示板という現実世界とは一線を画したインターネットの文化が根付いた。 多発している銀行やクレジットカード会社の個人情報漏洩事件から個人情報保護意識が高まっていることもあり、特に団体や組織のバックアップのないユーザーにとって、ネット上で見ず知らずの何者かに自己を特定されてしまう懸念はとても強いものになっている。それを示すように、個人情報である住所、電話番号、氏名などが書き込まれた場合、その情報が削除される掲示板は多い(ただし、単に氏名のみの公開では、それが悪戯であっても「どこの誰かが特定できない」と言う理由で削除されない場合もある)。実際に、個人情報が掲示板上に書き込まれることによって、不特定多数からその人に対してのイタズラが立て続けに起こることがある。 また、書き込み内容から個人の政治的思想や性的指向も知りうるため、当人とは何の縁もない者でもそれに尾鰭を付けて歪曲し、大げさに中傷や誹謗をすることが可能である。さらに一度流れ出た情報を止めることは難しいため(不可能とも言える)、未然にそういった被害から個人の身を守るためには一定の匿名性を確保されなければならないという声もある。 匿名性が確保されているため、現実世界では言いづらい発言をすることも可能である。例えば企業犯罪や組織犯罪などの内部告発を行う、劣悪な労働環境を公にしやすいといった有益な利用が可能な面もあり、現実世界で行った場合、過激団体から狙われるような政治的な発言も行える自由がある。 ハンドルネームさえも用いない匿名掲示板の場合、発言者がその掲示板内においても同一性を保てないため、個人攻撃やメンバーの固定化を生む対人コミュニティそのものが形成されず、議題からぶれることなく議論が続けられる。しかし、発言した当事者による反駁が望めないため全体の論調は流動的になりやすい傾向にある。 匿名掲示板は自分の本名ではない匿名でのやり取りが行われるだけに、自己の体裁やメンツを守る必要も無い為、一般社会ではあまり見る事は無い乱暴な表現が日常的に用いられるという特徴を持つ。目の敵にする特定の個人や有名人や団体、ないしは不特定多数を攻撃、煽動する目的で誹謗中傷やデマを書き込む者もいる。 また事実であると確信して書き込んだ内容であっても、実際は異なった事実である場合もある。明らかに間違っている事実でない限り、匿名掲示板で安易にそれが間違いであると指摘しても、余程の根拠がない限り間違った事実であるという認識が広まりにくい。また、匿名であるためその発言者はどこかに隠れてしまい、反論することが出来ず間違った事実が事実として世間に広まる危険性もある。これはテレビや雑誌メディアでも共通して見られる問題でもある(=嘘も百回言えば真実となる・真実に紛れれば嘘の信憑性は高まる)。 現実世界でも過度な誹謗・中傷でもしない限り法的な責任は問われない。これはネット上、特に匿名掲示板でも当てはまる。しかし、現実世界では社会的な責任を負わされるのに対し、匿名空間ではそのような社会的な制裁を回避することが出来る。そのため、誹謗・中傷する罪悪感の希薄化を指摘する声もある。 代表的な匿名掲示板には、2ちゃんねるやふたば☆ちゃんねる、あやしいわーるど、16ch.net(以上、規模順)などがある。2ちゃんねるは、かつてIPログという投稿者のネット接続記録を取っておらず、投稿者の身元を特定できないという点で、まさしく完全なる匿名掲示板であった(ごく一時期ではあるが零細規模の匿名掲示板集である「るまサイト」でも完全匿名の掲示板を試験的に設置していたが僅か数日で廃止した)。それゆえ、それを逆手に取った犯罪まがいの悪用が絶えず、ついには売名目的での脅迫や名誉毀損が為されるなど社会問題にまで発展し、各掲示板の名無しさんが悪の権化のように取り沙汰された。 そのためだけではないが、現在はIPアドレスのログを取得するようになり、犯罪予告や脅迫などが書き込まれた場合、警察が投稿者の身元を特定出来るようになった。したがって、現在の2ちゃんねるは、「完全匿名」ではない「疑似匿名」の掲示板であるとされる。しかしながら、現在でも犯行予告が書き込まれることがある。また、管理人ひろゆきは、名誉毀損とされた事案に関しては、IPログを開示しておらず、賠償金の支払いも拒否している(2007年6月現在)。これに対して、刑法を専門とする板倉宏・日本大学大学院教授は、「なぜ、これまで損害賠償を命じてきた裁判所が、強制執行を行わないのか不思議だ」と指摘している。 ネットの匿名性が爆弾の製造法や集団自殺といった犯罪(爆破・襲撃などの予告といった、威力業務妨害行為もこれに含まれると思われる)を誘発しているとして、2005年6月、総務省はネットを実名で利用するように喚起する方針を取ろうとしている。主に、ネット犯罪の被害者・加害者になりやすい小学生・中学生が対象となっている。 しかし、投稿者が本当に実名で書かれているかどうかを確かめることは難しく、実名利用が定着していく過程で、誰か有名人や嫌いな知り合いの名前を騙って陥れるような発言をすることもできる。また、虚構の名前であっても、赤の他人からそれが実名であるかを確かめる方法はなく、実質、実名であろうとなかろうと匿名のハンドルネームと同じではないかという批判もある。韓国のように、国民番号を用いてネットユーザー1人1人に個人を特定できるIDを与え、それを入力しないとどこにもアクセスできない・掲示板に書き込めないなどの措置をとっている国もある。そういうシステムを作るには民間や個人の力だけでは難しく、公的な管理監視が必要であるため、政府による精神的自由権への侵害となり得る。また世界全体で実施しない限り意味はなく、現実的な政策であるかは疑問視されている。 |
[ 1414] はてな匿名ダイアリー
[引用サイト] http://anond.hatelabo.jp/
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そもそも地方民とかじゃ見れない地域もあるわけだし、そんなアニメ難民にも等しく光を与えてくれたのがネットだったのです。 だからみんなで情報を持ち寄って、ここにリンク集を作りましょう。過去作ではなくなるべく最新作重視で。 長期戦、かつ、やはりタイトル通りになる気配がするので。これからは詳細を記すかわりに、(あのひとへの)特定を避けるため、前日までの増田は気分で消していきます。むろん勢いでやっている。やらないと保てない均衡がある。反省は後でする。 内容に聞き覚えがあったあなたは、おそらくあのひとの近しいお知り合いなのでしょう。わたしがあなたに直接お会いしているかどうかは分かりません。でも、もしあのひとが無理をしているときには、どうか支えてあげてください。言っても聞かずに無理をするひとなのです。 「縁切れ」の発端は、インスタントメッセンジャーでしたはずの会話を「覚えてない」と言い張りつづけ怖がらせたこと。わたしとしては、ほんのいたずらのつもりでした。 だれも幸せにならない嘘をつく人だと思えなく、とてもショックだった。(怖がりだって知っていたはずなのに) すくなくても、早く会いたい、会えると思っただけでとてもそわそわする、といった衝動は、その瞬間に一切消えてしまった。 ほんとうは、その時すぐにでもあのひとのもとに行くべきだったのでしょうか。翌週、記念日のひとつである一日にあのひとのもとを訪れたときには、もうちょっとやそっとでは取り返せない間ができていました。 それでも、わたしたちはなお、つきあっています。妄想ではなく。わたしからこの件でこれまでのすべてを駄目にしてしまうのはあまりに悲しすぎるから、できることはすべてやってきたつもりです。たとえあのひとからのメールに、どうしようもなく冷えた句読点を見たとしても。どんなに距離を置こうとされたとしても。 そうしていま、あのひとの態度は、微妙ながら回復してきているように思えます。一度だけ、あのときからずっと避けてきた「好き」を、メールで聴くこともできました。 ぜんぶ夢みたいにしか思えないんだってさ。それなりに予定を割いて行った記念日も、映画みたいなものなんだってさ。無駄に長いエンドロール。ライトが点灯し、太陽の下に出るように。帰ってしまえば会ったのかどうかもわからないし、会えないでいるうち不在に慣れてくだろうって。 チャットも架空の世界みたいだって。そうか、昔ならともかく、きのう、好きだって一杯言ってくれるひとがいるのは幸せかもしれないって言ったのも、眠る前の心地よい言葉をねだったのも、ぜんぶバーチャルだったのか。あのひとが怒ってるのも、笑ってるのも、愚痴ってるのも、ぜんぶ人工無能みたいな交換可能物か。 それで、気づいたんです。わたしがあのひとを怖がらせたとき、あのひともこんな醒めた気持ちになったんだろうな、と。 別に落ち着いていない気はないのですが。それに、最初の「憎んでいる」発言からそんなに変わったわけでもないと思います。どちらも、前々から思っていたことを書いているだけです(最後の女の嫌な部分で嫌な思いをした全ての人に謝りたいという段落も含めて)。わたしは人間の愛憎は表裏一体だと思っていて、それがそんなに悪いことばかりだとも思っていないので、そういったことが自分の中では当たり前過ぎて、それが一般にはどう受け止められるかということに配慮せずに書いてしまったことを反省すべきだと思いました。 で、さっきも書きましたが、あれはそういう表現を好む人の心境を理解したくて考えたもので、そうでない人もそうだと書いたわけではないのです。なんでそういうことを考えるようになったのかというと、そういう人の心境をいろいろ考えざるを得ない経験があったからです。こちらから見ると、普通の男性は特に何もして来ないので(当たり前ですが)、実際に接するのはそういうことをしてくる人ばかりになるわけです。そういうのは普通の立派な男性から見ると、ただの嫌な奴で極々少数派でそれで男を語られちゃたまらんという感想になるのかもしれませんが、こちらから見るとそれが全てなので。同じように、酷い女性の被害にあった方がそれで女性を語るのは仕方ないと思うし(そういう言説を止める権利はわたしにはないし、そこで優先されるべきはそれによって傷ついた人だと思うし、たとえその事例が稀であっても、そこには一割の真実や一分の真実があると思います)、女性の中にそういう性質があるのは事実だと思います。それを実際に表に出すか出さないかは人によりますが、自分と子供を守るために欲深になる傾向はあると思います。自分自身もたまたま余裕のある年代に余裕のある層に生まれたからそういうものを出さないでいられるだけで、カツカツだったらそのものだったんじゃないかという恐怖があります。なんか指示語が多くて分かり難くてすみません。 僕は自分の文章を読むのが好きだ。それで眺めているうちに、これは他人が読んでも面白に違いないと確信した。 というわけで実名を出した。もし自分が歴史的に重要な文章を書いたとしたら、後世の教科書でレカグナイズされてしかるべきと思ったからだ。 けれど書けなかったという話を書きたくて、はじめて増田です。なぜためらったかというと、その日に仕事関係で僕のブログが問題になっていたから。その上またこんなことを書いたら、と思ってしまった。 もちろんわざわざ自分から「こんな記事を書いてます」とアピールしたわけじゃないけど、見つかるんだねやっぱ。当たり前だけどさ。いやていうか普段は自分から宣伝しまくってるからな。 橋下府知事に対する若手職員の異議申し立てについてエントリーを書きたいと思ったのは、彼女の名前を特定し、攻撃を加えようとする奴らがいたからだ。なんと滑稽なことだろう。彼女はカメラが何十台とある前で自ら立ち上がっていたというのに。 そして彼女の発言は真っ当なものだった。けれども真っ当なことを真っ当に言う人が集中砲火を浴びるとしたら? それで僕が黙っているとしたら? ってなことを書けば、はてブを稼げるかと思って書きたくなった。けど、怖い。グーグルというものがあるということはわかってたのにね。 かつて東欧諸国は、全体主義社会だった。共産党を批判することは許されなかった。けれども、ガチで党の思想を信じている人はむしろ少数派だったのだそうだ。むしろ、気の知れた仲間同士では指導部をからかったりし合っていたという。イデオロギー的支配は、むしろ公の場での行動のレベルにあった。独裁者を本気で崇拝なんかしない。けども、多くの人はあたかも党に帰依している「かのように」振る舞っていた。秩序はそうして維持されていたのだ。 というわけで、東欧の民主化は、まさに『裸の王様』のラストシーンのように進行した。ルーマニアの独裁者チャウシェシュクが最後の演説に立った時、広場に集まった群衆の中に彼を支持する者はほとんどいなかった。チャウシェシュク自身、もちろんそれはわかっていた。なのに彼がなぜのうのうと群集の前に自ら登場するような選択をしたのかというと、それまでもずっとそうだったからだ。これまでと同じように、誰も信じないような演説が行われ、誰も信じていないのに誰もが信じている「かのように」拍手喝采が行われるはずだった。 ところがどこからともなくブーイングが始まる。あっという間に広がっていく。気がつくと隣に立っている奴までもがやっている。もう誰も止めることはできない。独裁者は演説の中断を余儀なくされる。 人々は、「王様は裸だ」と気づいたのではない。そんなことは何十年も前からわかっていた。ブーイングが広がった瞬間は、真実が暴露された瞬間ではなく、裸の王様が裸であることを知らないかのように振舞うことを人々がしなくなった瞬間である。 「人々」と書いた。一人が声を上げても、それが「人々」にならなければ抹殺されるかスルーされるだろう。けれども「人々」は一人から始まる。上の動画で、その一人を見た。そのことについて書きたかった。そしてできなかった。今僕は、「一人」をたしかに目撃している。後になって、「ブーイング」はもう始まっていたと気づくかもしれない。それでいて声がだせない。 何が怖いのか? 問題にされることか? それとも、問題にされるとわかっていて彼女が立ち上がったということは、こんな自分でも思わず何かやらかしてしまうかもしれないという不安か。 まあ、さすがにあの国語のテストに出た文章を読んだときに自分がブルーカラーになるなんて思わなかったがw あそこから言えることは、せいぜい「男は女よりも陵辱型のポルノに寛容である」というだけの話だろうに。 言いたいことだけ言って逃亡かよ。だったら俺も発言小町だけ見て、「女は全員スイーツ(笑)」と思い込んでおこうか。 申し訳ないが俺も情報系だよ。ただし、近所に量子コンピュータやってた人間がいたから門前の小僧式に知ってただけだ。 で、そんなことはいいんだが、別に「わかってないお前らはバカだ」と言ってるわけじゃない。なんでそこ勘違いするかなあ。 「知った風なことを言うならちゃんと勉強してからにしてくれよ、みっともないから」と言ってるだけじゃないか。それにケチをつけるからああいう風にきつく言ったまでで。 いや、「シュレーディンガーの猫」というと自分が頭がいいように見せられるだろ?そういうファッションで言ってる奴が多いから腹が立っただけだよ。 意味もわからずにマルチメディアだのIT革命だのと言って「さすが先生、博識ですねえ」なんて言われてる奴がいたらバカだと思うだろ。そんなのとっくに死語だろと。それと同じ。 逆に、女が男に対して加害的なことをやってる状況がその逆より圧倒的に多い場だってあるだろうに。それこそ発言小町とか。 それこそ、たとえば「通州事件」一件だけを取り上げて「中国は暴虐だった、大東亜戦争は聖戦だ!」と言ってるネトウヨと何も変わらないんだけど。 あのねえ、あんたの思ってるほど簡単な話ではないよ。量子力学の観測問題ってのは、キワモノといわれつつも細々と研究分野として続いているんだから。そこまで言い切るのは逆にあんたがわかってないという証拠だと思うけどね。 まして、物理を専門にしてない人間で正しく理解している人間なんて俺は見たことないけどね。世の中の人間から「シュレーディンガーの猫」という言葉が出たときは99%、俺が最初の増田で書いたのと同じ間違いをしている。 でも、コンビニにはBL雑誌なんかないし、レンタルビデオ屋にも男性をレイプするビデオとか見たことがないんだ…。 わかった、わかりましたよ。あなたの誠実さはわかりましたから少し落ち着いてください。正直、肩すかしを食らわせただけのつもりだったので、そこまで真摯に受け止めて反省されるとは思わず、申し訳なかったです。 俺自身の本音を言うと、俺が一番嫌いなのは、都合のいいところだけフェミに迎合して「俺は女に配慮ができるダンディな男、女の気持ちがわからないバカ男は死ねばいいのに」みたいなことを言っている俺様だけ特別男(誰とは言わないが)とか、「世の男は全員バカよ、でも私の惚れた相手だけは特別だわ」みたいなことを言ってる勘違い女(これまた誰とは言わないが)であって、そういう奴らに釘をさしたかっただけです。あなたみたいな人は必ずしも嫌い一辺倒ではありません。とにかく落ち着いてください。 ただ、わたしが「憎まれている」といったのは、悪いと言うつもりも責めるつもりもなくて、もっと突き放して考えていて、男性サイドの認識としてはそうなるのも無理からぬことだと思っています。 いや、だからそれ、いいとか悪いとかではなくて、事実として違いますから。大抵の男は女を見ると鼻の下を長くしてころっと態度を変えこそすれ、女を嫌うとか憎むとかありえませんから。男の前では声のトーンが1オクターブとは言わずとも長3度ぐらい高くなる女と同種の人種ですよ。アホな男はただのアホな人間であって、アホな女と同レベルの存在なんです。そんだけのことです。 わたしは自分を構成するものとして、やはり女であることがかなり強く影響していると思います。後天的な性質ではなく、本能的な性質としてそう感じています。その鏡像として、男性であることに強く規定された男性というのを念頭に置いてしまう癖があるようです。 そりゃまあ影響はあるでしょうねえ。体のつくり自体が違うんだから。でもそれって、背が高い低いとか右利き左利きとどう違うんですかね?違いを認識することと、相手を異質だと考えることは別物ですよ。 あと女性の嫌な部分に関してはおっしゃる通りで、これはわたしが謝っても仕方ないかもしれませんが、ごめんなさい。本当に、嫌な思いをした人全てに謝ってまわりたいです。 いや、謝る必要ないでしょ。それを指摘するのが本意じゃないし。嫌な男がいれば、それを鏡に映したように嫌な女もいるという、それだけの話です。 |
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