そんなとは?/ アットローン
[ 736] @IT情報マネジメント:そんな指示じゃできません! 中国企業の叫び 1/3
[引用サイト] http://www.atmarkit.co.jp/fbiz/cstaff/serial/offshore/09/01.html
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前回は中国オフショア開発に、元来向いている仕事と向いていない仕事があることを紹介し、それぞれの特徴を説明した。今回は、中国企業の信頼を勝ち取るために必要なオフショア開発コーディネータの条件を紹介するほか、昨今各種メディアで話題になっている中国における反日活動の緊急レポートをお知らせする。(→記事要約<Page3>へ) 筆者の静安寺オフィスから見える風景 オフショア開発コーディネータは、自分がかかわるすべてのプロジェクトにおいて、あるべき理想的な姿を頭に思い描けなければいけません。多くの日本企業では、プロジェクトマネージャの間でオフショア開発の経験則が十分に共有されていないため、オフショア開発コーディネータの担う役割が大切になるからです。 第4回記事では日本企業が中国に嫌われる理由の1つとして、「木を見て森を見ず」的な発注形態があることを述べました。本連載では、このような発注形態に代表される従来型のアプローチを日本型開発アプローチと称して、日本側の態度を改善するよう強く求めています。オフショア開発において日本型開発アプローチはさまざまな弊害をもたらしますが、それらは以下のような中国企業の声に象徴されます。 中国側の不満をより深く理解するために、「絶対に完成しないジグソーパズルの法則」を使って、あるべき姿を知っていることの大切さを説明します。 あなたの目の前に、十分に大きなジグソーパズルが置かれています。このジグソーパズルに私がある細工を施すと、あなたはそのジグソーパズルを絶対に完成できなくなります。「ある細工」とは、いったいどんなことでしょうか。念のために前置きすると、パズルの一部を「隠すこと」でも「変形させる」ことでもありません。 そう感じたあなたの感覚は正常です。しかし私たちは、これを悪質なジョークだと笑い飛ばせません。なぜなら、「絶対に完成しないジグソーパズルの法則」とまったく同じ現象がオフショア開発で頻繁に起きていることを、うすうす自覚しているからです。 システムの規模が大きくなると、全体を適切なサブシステムに分割して、さらにその一部の開発をオフショアのベンダに委託します。前出のジグソーパズルに例えると、ある領域を取り出して「その領域だけを組み立てるように」と指示するようなものです。 ところが、日本企業に痛い目に遭わされた中国側の意見はこうです。日本企業は、発注時にジグソーパズルの全体の完成図を見せてくれません。しかも、発注対象のサブシステムの完成図(仕様書)ですら「不完全」な状態がほとんどだと! こうした「あるべき姿」の欠如は、仕様書の問題だけではなく、開発アプローチの認識違いをも引き起こします。 オフショア開発でトラブルが発生したとき、日本企業は自らの問題を棚に上げて一方的に中国側を非難しがちですが、事前にジグソーパズルの完成図を提示していたかどうかを自問すべきでしょう。そもそも、「社内の誰も完成図を知らない」といった状態かもしれません。これは笑い話では済まされません。オフショア開発で事前に提示すべき「パズルの完成図」のうち、特に日本企業が見落としがちな項目を列挙します。○プロジェクト全体像 @IT情報マネジメント トップ|プロジェクト管理 トップ|会議室|利用規約|プライバシーポリシー|サイトマップ |
[ 737] そんな時代も・・・。 - livedoor Blog(ブログ)
[引用サイト] http://blog.livedoor.jp/halc1073/
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自分という物語の主人公は自分自身。瞬間瞬間を選択し、一日一日を積み重ねて今日までの物語を書き上げました。そんな時代もあったね・・・と。 今日はファミリーパーティーの日。私の会社は社内旅行というものは無いのですが、年に一度、ファミリーパーティーがあります。お父さんはこんな仲間と働いているんだよという意味や、会社の仲間たちの家族どうしの交流の場でもあります。奥様どうしの一年ぶりの再会ということでも、盛り上がります。今年も風船マンで登場です。 約300ページのこのアルバムは、私が生まれからのいろいろな出来事が物語として出来上がっています。子どものいない私たち夫婦にとって、私たちが亡くなった後は、残したほとんどのものがゴミとなってしまうことを、昨年若くして亡くなった親友の奥様から聞かされ、取りあえず、今現在の私たちの歴史をアルバムにしました。中学生では写真部と剣道部に入っていて、写真についてもこだわりがあって、とてもたくさんの写真やフィルムが残っていました。それを一枚一枚確認して、この物語アルバムに入れるかどうかを検討して作り上げました。写真にしていなかったネガフィルムやポジフィルムには、なかなか味のある力作がたくさんありました。田舎の家族を中心に散りばめられたこの大作、私たちが亡くなった後は、永久保存として、兄の子ども・孫を通して世代を引き継いでくれることでしょう。 広島県尾道市久山田の保育園に風船マンで登場しました。尾道大学近くのこの久山田地区はとてものどかで素晴らしい環境ですが、少子化により近くの小学校が無くなっなりと、残念だなあと思っていましたが、知り合いのお子さんの通う、この地区の保育園の子どもたちを喜ばせて欲しいとの声に、風船マンはやってきたのでした。待ちに待ってくれていた園児たちが大きな歓声で迎えてくれました。先生方や参加して頂いたお母様方にも喜んで頂きました。風船てホントに楽しいですね。 津山市のくらやさんで休暇しています。くらやさんは友人の稲葉伸次さんのお店で、弟さんは浩志さんといって、B'zという二人組で有名です。いちごがたっぷり入ったクレープは美味しいのかな?というのは、妻が頼んだのがこれ。バレンタインデーのお返しということにしてもらいました。私は紅茶を飲みながらいちごとカスタードクリームのワッフルを頂いています。こちらも美味しいんですよ。 アルバムを整理している話を以前書きましたが、写真を見ているとシャッターを押した時を思い出しますね。この一枚の写真は甥と姪が話しているところです。会話が聞こえて来るような写真として、私自身の撮した中でとても気に入っています。右の女の子の理恵さんも29歳、この春に嫁に行きます。 日曜日のアジト祭での風船パフォーマンスの余韻をまだ感じています。地域の人がいろいろな企画をして、頭をひねって場を盛り上げ、たくさんの人が集まり、楽しみ食べて飲んで買って笑って話して、人の集まりはとても楽しいですね。天気が味方してくれるとさらにいいですね。風船は子供たちだけでなく、大人にも喜んでもらえます。12色の風船が広島・商工センターの街中に踊った日曜日でした。 アコーディオン奏者の野口美紀さんの演奏が最高でした。2ビートの曲をどんどん弾いて、私や観る人の気持を最高にしてくれましたね。いつか一緒にやりましょうと言っていましたが、今回初めて実現しました。有り難う。感謝感謝感謝!次はいつかな?! 笑顔の輪が出来ました。写真もたくさん撮って頂きました。最後はなかなか終われなかったな。子供たちみんなにひとつは風船を持って帰って欲しかったからね。 広島市西区の商工センターでこの週末の土日に開催されたアジト祭に、風船マンで登場しました。今回は初の試みで、アコーディオン・オカリナ奏者の 野口美紀さんと一緒でのパフォーマンスとなりました。アコーディオンの軽快なビートをバックにノリノリで楽しく始めると、笑顔の子供たちの輪がどんどん大きくなりました。ちょっと肌寒い天気でしたが、心も温かく素晴らしいひとときとなりました。商工センターのたくさんのお店がこのイベントを盛り上げるべく準備され、食べ物や喫茶のブースや似顔絵コーナーに雑貨のフリマと飽きさせない企画を感じました。皆様、お疲れさまでした。 帰宅しましたら、宅配便が来ていました。早稲田大学大隈講堂のタイル入りスクエアです。大隈講堂は昨年、創立125周年記念事業として、昭和3年の建造以来初めて外壁タイルを張り替えました。大学の卒業生向けの情報誌のプレゼント企画に応募していたのです。とにかく、当選はおめでたいおめでたい。 私の登場予定は9日の日曜日の午後1時くらいから、いろいろなブースのある歩行者天国で派手な風船だらけの格好で登場します。今回は友人のプロのオカリナ・アコーデイオン奏者の素敵な女性がバックで生演奏をして頂けるようなので、さらに盛り上がりそうです。 アジト祭りは商工センターにあるいろいろな企業さんが、地域を大いに盛り上げて楽しくやろうよ!っていうイベントでもあります。アルパークの近くですし、是非、この週末をアジト祭りで楽しんでみませんか? アジト祭りの詳しい案内は、「アジト祭り」でグーグル等で検索して頂くと出てきます。それでは、会場でお会いしましょう! お祝いの時や入院されている方、仕事上のお客様にお礼などの時に書いて送っています。会社宛で送りますと、本人に届く前にたくさんの人の目に入り、話題になってしまいます。ネコがくわえて行ったという話があるくらいの出来のこのハガキ、明日も広島中区のある会社で盛り上げてくれることでしょう。他に、スルメ、フグ、カニ、アジの開きなどがあり、それぞれに本物のような感触があります。 昨日、理恵さんの結婚が決まった話を書きましたが、何人かの方からお祝いのメールを頂きました。有り難うございました。この写真は1982年のお正月に、実家の玄関で私が撮したものです。義姉さんは青春ドラマ「飛び出せ青春!」などのヒロインの酒井和歌子さんに似ていて、とても明るく子供たちを育てていましたね。しかし、写真の撮し方がうまいなあ。ちなみに右の真理(しんり)くんには3人の子供のお父さんになっています。今年は地元の裸祭で神木を取り、福男になりました。 兄の長女の理恵さん29歳が結婚することになりました。写真は小さい時に実家のレンゲの咲いた藁ぐろのある田んぼで遊ぶ姿を撮したもので、左側が理恵さん、右側がその兄の真理(しんり)くんです。真理くんにはもう3人の子供がいます。8つ上の私の兄は、早くに結婚して3人の子供たちの親となり、この子供たちと高校生の頃から楽しく過ごしてきました。理恵さんもいろいろなことがあり、つらく悲しい時を乗り越えて、とってもいい人と巡り会って結婚が決まりました。我が子のことのようにとても嬉しいです。 広島市民球場で3月23日の日曜日13時半から、早稲田大学対シカゴ大学の大学野球交流戦があります。早稲田大学とシカゴ大学は、戦前まで10度の交流戦がありましたが、第2次大戦のため途切れてしまいました。そして、この度、早稲田大学創立125周年と広島市民球場開設50周年を記念して、広島市民球場で試合が行なわれます。早稲田大学は東京6大学野球で3連覇し、昨春の大学野球のチャンピオン。監督の應武監督は地元崇徳高校が春の選抜で優勝した時の捕手、主将の上本選手も地元、広陵高校卒であり、投手の斎藤佑樹は甲子園を湧かせ、ハンカチ王子と呼ばれた人気投手、昨年の6大学では開幕の東大戦にいきなり登板し、エースの活躍で大学野球ファンを唸らせました。チケットは、コンビニのローソンで買えます。内野指定席2500円、内野自由席2000円、小中高校生1000円。お問い合わせは、TSSイベント事務局・電話082-253-1010です。早稲田大学の広島のOB会の関係で、私か らも自由席のみチケットをお渡し出来ますので、手渡し出来る方は是非、声を掛けてください。 私も観に行きますよ。 これは何かというと、ソニーの前身、東京通信工業株式会社(仮称)の設立趣意書の表紙です。左下には井深大さんの自筆の名前も読み取れます。昭和21年1月に井深大さんが起草したものです。私が1992年に今のソニーグループの会社に転職した折りに、どうしてもSONYのルーツに触れたくて、ソニー株式会社の広報に問い合わせて、伝説となっている設立趣意書のコピーを送ってもらったのです。井深大さんが自ら筆を取り、会社創立の目的や経営方針などが熱い思いで書かれており、私の宝物のひとつになっています。 会社創立の目的の一番最初には、真面目なる技術者の技能を最高度に発揮せしむべき自由かっ達にして愉快なる理想工場の建設と。ソニーの創立者のひとり、井深大さんが文化勲章を受けたのは、日本だけでなく世界中の文化に影響を与えるくらいの愉快なエレクトロニクス商品を世に生み出し続けたことが評価されたからなのだと思います。今、世の中の動きはとても速く、どこに向かっていくのか不安になることもありますが、この設立趣意書をゆっくり読んでみると、昭和21年の思いが、現代でも決して色あせることなく、光り輝いており、元気をもらえるのです。この設立趣意書を読んでみたい人は、ご連絡ください。 ヤンキースの松井秀喜さんの書いた「不動心」という本を読みました。甲子園で明徳義塾高校戦で5打席連続敬遠でチームは負け、ジャイアンツに入団したあとは主軸としてチームを支え、FAで米国ヤンキースに移籍して左手首の骨折で長期の離脱も経験。松井秀喜という男は、何を思い考えどう乗り越えてきたのかを自らの言葉で語っています。彼は言います。「日本海のような広く深い心と白山のような強く動じない心、すなわち、不動心を持った人間でありたい」と。新潮新書680円。 今までグリーンジャンボなんて買ったこともなかったのですが、宝くじ売り場近くに行く機会があり、吸い込まれるように買ってしまいました。いつもは購入する日や時間を調べて慎重に慎重にやるんですけど、今回は何か違ったのです。さて、どうなるか。楽しみです。 私は「うるとら世聞」という個人新聞を発行しているのですが、この春で191号になりました。昨夜、この16年目になる個人新聞を整理しておりまして、数部ずつバックナンバーを残していたのですが、全部渡してしまったのか、184号のみ手元に無いのです。1号から読んでいくと自分の今までの歴史が蘇ってきて懐かしい懐かしい個人新聞です。幸い、印刷前の原稿のものは、別に保管していましたので、どんなことを書いたり写真を使ったりはわかるのですが、白い紙に紺の字で印刷したはずなのですが、現物が無いので色はわかりません。私がお渡しした方で、大切に保管されている方がおられて、私に譲ってもいいという方、ご連絡をお願いします。で、この写真は何かと言うと、この184号に書いていた記事のひとつ「毎日、両親に書き続けたハガキの話」の写真の部分。どなたか持っておられないかなあ。 今日は鈴が峰公民館の男の料理教室の日です。参加者はちょうど10人でした。担当して頂いていた村上先生が今日をもって退任されることとなり、ちょっと感傷的になりながらも楽しく作りました。。約15年、有り難うございました。村上先生の最後の料理はリクエストの担々麺でした。どこで食べた担々麺より美味しかったです。次回以降は高田先生を中心にとなる予定ですが、公民館祭の時や高田先生のご都合が悪い時とかは、ピンチヒッターとして登場されたりするかもと言われていました。 広島の早稲田大学と慶應大学のOBの例会が、2月だけは年に一回合同で開催されます。当番校の早稲田の司会は中村克洋さん。恒例の抽選会は中村さんがノリノリで大盛り上がりとなりました。最後に、慶應の応援歌「若き血」と早稲田の応援歌「紺碧の空」を歌い、エールの交換をしてお開きとなりました。 3月23日の日曜日13時より、広島市民球場で早稲田大学野球部が米国のシカゴ大学と交流戦を開催。試合は大学創立125周年の記念と、広島市民球場50周年記念として行われます。早稲田の監督は崇徳高校出身の應武監督、主将は広陵高校出身の上本内野手、そして投手にはハンカチ王子と呼ばれた斎藤佑樹投手などか揃います。オープン戦とは言え、広島での開催は珍しく、是非、市民球場で投げる斎藤投手を観たいと思います。チケットは広島の早稲田大学のOB会関係者経由か、ローソンチケットで16日から発売します。内野指定席は2500円、内野自由席大人2000円、子供1000円、未就学児童は無料となっています。夜に某ホテルで歓迎レセプションがあり、早稲田関係者としてもちろん私は参加だな。ちなみに24日には大阪の京セラドーム、25日には埼玉の西武ドームでシカゴ大学との対戦があり、3連戦となります。何故、シカゴ大学かということですが、明治時代から2次大戦前まで、早稲田とシカゴ大学 は海を渡ってお互いの大学の対抗戦を10度開催しています。早稲田のスクールカラーのエンジや野球部のWASEDAの字体もシカゴ大学を真似たものと言われ、早稲田野球のルーツとも言えるシカゴ大学との対戦は、戦後途絶えていた対抗戦が72年ぶりに復活となる意義のある交流戦なのです。カープとの対戦も観たかったな。 広島市中区の、ひろしま美術館て11日まで開催されている「幕末浮世絵展」を観て来ました。浮世絵は中学生の頃から好きで、北斎・広重・国貞・国芳らの作品が目の前にいくつもあり、興奮気味に観賞しました。特に北斎と広重は有名なものがたくさんあり、江戸時代に思いをはせて観入りました。ひろしま美術館には、ピカソやシャガール、ゴッホなどの絵も常設展示してあり、浮世絵のあとに観賞しましたが、こちらも対象的によかったです。 毎年、節分の日には豆まきをして、巻き寿司を作ります。煮穴子を入れると美味しいです。かんぴょうは実家で夏に剥いて作ったものです。立春、春よ来い! 小麦の輸入価格が4月から3割引き上げとか。一年前と比較すると約2倍になります。益々パンやうどんが高くなります。ガソリンはOPECがこの場に及んでも減産を示唆し高値安定?の予感。物価が安定していたのは、ほんの少し前のような気がしますが、これからはガソリンにしても小麦にしても、これは今が高くなっているのだからまた安くなると期待するのは間違いで、これが当たり前でさらに高くなるのではないかと思います。また、輸入冷凍ギョーザが問題になっていますが、便利で安くて家計の味方になりつつあった中国からの食品ですが、問題があってから「買わない」とか言っているニュースの消費者のインタビューを見るにつけ、ツケが回ってきただけで、日本の家庭の食生活が海外にすっかり依存していることがよくわかります。ギョーザくらい自分で作らなきゃと思いますが、それが出来ない忙しい日々の生活や、買う方が安い食材に慣れた日常に、今回のような出来事に、中国製から国内製に切り替えても、根本的な解決にはならないように思います 。我が家は冷凍食品は買わないのですが、スーパーの冷凍食品コーナーの広いスペースに、悪いのはそうさせたあなたたち消費者ですよと語っているようにも見えます。同じように郵政民営化で地方の郵便事業が問題になっていますが、そうさせたのは選挙でそれを選んだ国民なのです。しかしながら、過去は過去、今からの未来を考えていかなきゃいけません。ウルトラマンエースもびっくりですが、英知を働かせていくしかないのです。家計の出費をいかに抑えるのか、今日から出来事こと、始めませんか? インターネットでリアルタイムに今の様子をライブカメラで見られるという時代になりました。通学路の我が子の様子を見たり、保育園の我が子の様子を見たりと、防犯や安心のための目的が最初だったかと思いますが、他にも様々な目的でライブカメラが設置されています。その場にいなくても、その場の雰囲気を感じ、一体感になれる不思議な時間にすぐになれるのです。私はふたつのライブカメラを楽しんでいます。ひとつは島根県石見の縄文村、もうひとつが大隈講堂周辺のライブカメラです。昭和3年に建てられ、125尺の高さも大隈重信候の思いが込められ、この建物を見ると何とも言えない気持になります。困った時のつっかえ棒かもしれないな。http://www.waseda.jp/alumni/のホームページから「大隈講堂ライブカメラ」のバナーをクリックしてみてください。歩いている人や通過する車が手に取るように見えます。 1971年10月から1972年の9月まで、毎週金曜日の夜8時からNHKで放映された、痛快時代劇「天下御免」を覚えておられる方はおられないだろうか。もう放映が終わってから36年になるのだけれど、早坂暁氏が台本を書いたこの時代劇は中学生の私にとても衝撃を与え、平賀源内的な生き方に憧れ、将来の夢はこんな番組を作るNHKのカメラマンになるのだと心に決めたのです。キャストは、平賀源内役に山口崇さん、小野右京之介役に林隆三さん、稲葉小僧役に津坂匡章さん、紅役に中野良子さん、八萬役に山田隆夫さん、杉田玄白役に坂本九さん、その他に谷啓さん、ハナ肇さん、伴淳一三郎さん、伊東四郎さん、三波伸介さん、EHエリックさん、岡田真澄さん、宍戸錠さんなど、今から思えば凄い人たちが画面を飾っていました。残念なのが、NHKにはこのドラマの映像が残っていないこと。当時はフィルムが貴重で使い回して、残すことは稀だったとかで、わずかに主演の山口崇さんが自分のビデオカメラでテレビの画面を直接写したも のが残るのみ。1988年に早坂暁氏の台本の一部が出版されたのを買って読みましたが、頭の中に鮮やかに映像が蘇って来ました。また、映像で観たいけれど、それは叶わない私の運命を変えたとも言える時代劇の話でした。 半月くらい前にある出来事があり、腰もほぼ同時に痛めてとてもとても心も苦しくて苦しくて、仕事をしていても寝ても覚めても頭から離れることはなく、深い深い海の底に沈んで決して浮上しないのではないかと感じていました。というかまだまだ続いていて、このままではどうにかなりそうでもあるのですが、弱音は見せないぞと人前では明るく振る舞い、誰も私のその心の中の思いに気づく人もいないようです。自分の存在意義は何なのだろう?やってきたことは何になるんだろう。楽になりたい…。さすがに今晩は顔に出そうなので、以前BS2でやっていた吉田拓郎の番組のビデオを引っ張り出して観ていました。「吉田町の歌」という私が好きな曲がありますが、この親が子を思い名前に思いを託し将来の成長を楽しみにしている内容の歌をしみじみ聴いていると、自分の名前もきっと両親が何日も考えて、幸せにやれよと世に産み出してくれたんだろうなあと考えてしまいました。この画像の歌詞にあるように「やがて大地踏みしめ太陽になれ」と、願っての誕生だったに違いない 早稲田と言っても、広島市東区の早稲田集会所の女性会の集まりに呼んで頂き、子どもたちに風船パフォーマンスと風船教室をしました。腰を痛めていましたので、無理な姿勢に注意しながら、楽しくやりました。後で女性会の皆さんの作った熱々の豚汁やカキフライを食して大満足の日曜日となりました。 先週15日の火曜日に広島市東区牛田新町にある比治山大学で講義の講師をさせて頂きました。実はこの日は腰を痛めていて歩くことも困難な日でしたが、会社にも了解をもらっての晴れの講義の日、妻の運転で大学にたどり着き、立って何とか授業に登場です。私の夢のひとつが教師になることでしたが、なれなかったけれども違ったカタチでの実現でした。話のタイトルは「ライフプランニング 夢は実現する!」というもので、授業の後半には、芸は身を助けるという話で、バルーンパフォーマンスも観て頂きました。90分間気持よく話せましたが大学生にはどんな感覚の授業だったのでしょう。授業の終りに質問にやってきたり名刺が欲しいとやってきた学生もおり、それなりに思いが伝わったのかな?機会を作って頂いた大学関係者の皆様、ありがとうございました。感謝。 私の親父はマスオさん、つまり養子として私の実家にやって来ました。といっても厳しい祖父のいた専業農家ですから、とても大変だったことは子供ながら私にもよくわかりました。最初は養蚕、つまり絹になる蚕(かいこ)のマユをたくさん飼っていた農家でした。和牛を飼い、それ以外にも稲作に麦作、サツマイモに椎茸、野菜も食べるものはすべて栽培していました。そして昭和33年、これは私の生まれた年ですが、酪農を始めたのです。ホクラク(たぶん岡山県北部酪農共同組合)という雪印に牛乳を卸すところに出荷し、牛の数もだんだんと増えて40頭くらいまでになりました。牛は盆も正月も休みません。旅行もせいぜい一泊が限度だったかと思います。文字通り身を粉にして働き続けた一生だったと思います。戦争の時は海軍にいて、敵の潜水艦に船を沈められ、浮遊物につかまって救助を待ち、海南島での生活、無事に帰国して、東京の蒲田で警察官をしていたことも聞きましたし、実は再婚で最初の奥さんは気がおかしくなって別れたとも聞き ました。11人兄弟の父は養子となった兄弟も何人かいて、子だくさんの時代だったわけです。私の祖父が亡くなり、ある意味自分の時代がやってきた頃は酪農の仕事もピークで、乳価が下がったり飼料価格の高騰などで、3人の息子たちを大学にやったことで家計は大変だったはずです。よく、「3人の子供に教育だけはしっかりやらせた」と人に言っていたようです。酪農が忙しかった頃、父は一日に3度の搾乳をしていましたから、午前5時くらいから午後11時くらいまで働いていたように思います。雨の日も風の日も年中無休で働いていました。稲作や野菜作りを思うと、種を撒き育て収穫するということを繰り返し繰り返し毎日やっていたのです。お酒が入るとちょっとエッチにもなりました。陽気に歌も唄い始めます。父なりに生き抜いた和田直美という物語は、82年で終わりましたが、アルバムを振り返って見てみると、不器用なところは多々あったようですが、仕事の姿がとても格好よく思い出されます。いつも怒ったような顔で仕事してい るのに、カメラを向けるといい顔をしてくれる。意識しなくても父の生き方は私の中に流れているように感じます。足をやけどした時に、おぶって小学校に行った時の背中の温もり、夏休みの最後に慌てて日帰りで思い出作りに弟と私を車(スズキフロンティア)で連れ出した小学生時代の暑い夏の日の匂いを思い出すなあ。お父さんありがとうございました、感謝。 先週の金曜日から腰が痛くなりましたが、今日も良くなくて会社を休んでいます。FM広島を聴きながらひとり自宅にいると、やけに時計の音が大きく聞こえ、外の音にも敏感になります。小学生の頃、風邪とかで休んで自宅で寝ていると、外で遊ぶ子供の声に、自分が異空間にいるようで、何とも言えない不安な気持になりましたが、それに似た気分ですね。親父が亡くなる前に病院に入院していた頃、思考はしっかりしているのに、歩くことは出来ず、食べるものもミキサーで砕いたスープのようなものばかりで、とても寂しかっただろうと思いました。普通に歩けるだけで、普通に食べられるだけでどんなに有難く素晴らしいことか。などと父を見舞いに行く度に別れる時の何とも寂し気な父の目を思い出したりしています。父が亡くなる一週間前に、一泊の外泊が許されました。「元気になったら外泊出来る」と医師に言われ、一生懸命に元気なフリをして、外泊で自宅に戻って来ました。ほんの少し日本酒を舐めて「うめえなあ」と言いました。翌日は心地よい5月の風の中、ベ ッドごと外に出してもらい、そばで母が話し掛けながら私たちが農作業する音や声を感じ、ひ孫の鯉のぼりを眺め、それはそれは楽しそうでした。しかし、体力も限界に近く、その日の夕方には病院に戻りました。その日の写真は、とてもとても深い思いの詰まったものになりました。 昨日に続き、家から一歩も出ずにいます。妻は出掛けていて、ひとりでお留守番です。金曜日に腰がギックリと来まして、トイレに行くにも大変です。普通に歩けるだけでも有難いことだとよくわかります。そんな時、会社の同僚が昨日、心不全で亡くなったと連絡がありました。金曜日には元気な笑顔を見せていた彼が亡くなるなんて信じられなく、不思議な気持です。明日の葬儀にも駆けつけられそうにない腰の具合に、健康の有難さを思いつつ、ベランダから宮島方面を眺めるのでした。 大学ラグビーの決勝は、早稲田大学が慶應大学に勝って2年ぶりに優勝。今年は関東学院大学がラグビー部員による大麻栽培という不祥事で出場していないので早稲田楽勝の前評判もありましたが、準決勝の帝京大学に大苦戦、慶應大学も明治大学に勝って上り調子なので、関東大学対抗戦での早稲田完勝の過去の試合は参考にならない感がありました。早稲田大学は大学日本一になった時の4年生だけが、卒業後も歌うことが許される歌があります。それは「荒ぶる」。中継が終わったのでテレビでは観ることは出来ませんでしたが、国立競技場のグランドでは、ラグビー部員ら100人以上が輪を作って歌ったことでしょう。「荒ぶる吹雪のさかまく中に、球蹴る我らが銀塊砕く、早稲田のラグビーはし界になびき いざゆけ我らがラグビー早稲田 ララ早稲田 ララ早稲田 ララララ早稲田〜」。 ベランダのウルトラマンエースの向きを、海向きから部屋向きに変えようと、中腰で動かしたのがマズかった。ギックリ腰になってしまいました。という訳で、ウルトラマンエースは元気ですが、「うるとらまん」は倒れてしまいました。 エビスビールのビンビールに何百本に一本しかない、鯛が二尾いるこのラベルですが、以前、私が参加していたサッポロビール広島星の会で出た!わけですが、弟から「見たい見たい」とのリクエストがあり、記念に自宅に飾っていたビンのラベルを自慢げに見せてやりました。確かに向かって左うしろのびくの中に鯛の尾が見えます。おめで鯛!のです。サッポロビールさんの遊び心でしょう。そう言えば、昔むかし、サッポロビールさんに「サッポロGIANT」という2〜3リットルの大ビンビールがありましたが、GIANTと書かれているのに、(ジャイアントではなく)ジャイアンツと明記してあり、担当者に読売巨人のファンでもおったんかな?と、ずっとおかしいなと思っています。この件を広島のサッポロビールさんに聞きましたが、明確な回答はありませんでした。 このところ訳あってお酒を控えていたのですが、田舎で兄から「越乃寒梅」をもらったので、新年を思いつつ一杯やりました。何だか初めて飲んだ時と味が違うなあ!?何でかなあ。 大柿町の山が火事のようです。ラジオでも言っていました。最近、よく火事を見ます。乾燥しています。火の用心です。 カレイを釣りに来たのだけれど、最初の魚はアイナメでした。北海道のホッケに似た魚です。煮付けが美味しいかな?今日はポカポカの心地よい釣りになりました。 A4サイズが入る封筒に「うるとら世聞191号」(弊ブログの12月27日をご覧ください)を入れて、広島県内の仕事上のお客様宛てに手渡しとメール便業者さん用の送付準備をしているところです。600通くらい作ったところでひと休み。県外のお客様には昨年末に何とか発送しましたが、県内のお客様は遅れてしまいました。もうすぐ届きます。私は年賀状を出していませんので、年賀状を頂いた方や友人には、メッセージを書いて、オリジナル封筒で送らせて頂きますが、来週になるかな? 第44回国大学ラグビーの準決勝二試合は、第一試合の慶應大学対明治大学は慶應大学が勝利し、第二試合の早稲田大学対帝京大学は接戦の末にかろうじて早稲田大学が勝ちました。今年は関東学院大学の部員による大麻栽培事件で、関東学院大学は試合を自粛し、盛り上がりに欠けるところがありますが、今日の早稲田大学のふがいない試合にはがっかり、決勝戦は大差で勝って、社会人との日本選手権に進んで欲しいものです。しかしながら、今日のスポーツは、早稲田大学は駅伝往路の優勝とラグビーの勝利、作陽高校のサッカー勝利で、申し分ないお正月の休みを楽しませてもらいました。感謝! 昨年、準優勝した岡山県代表の作陽高校の初戦は青森山田高校、東北の雄です。後半に試合が動き、2対1で作陽高校が勝利して、いいスタートになりました。明日の試合は広島県代表の皆実高校、どちらも応援したいところですが、ここは母校の作陽を応援しよう。 第84回東京箱根間往復大学駅伝は、往復が行われ早稲田大学が優勝。エース竹澤が不調ながら3区の区間記録を取り、他の区間も持てる力を出し5区の駒野主将も山登りで区間記録の快走で12年ぶりの優勝。おめでとう! 妻の実家の近くには、姫新線の美作土居駅があります。スタンドバイミーのメロディーが流れてきそうです。私はこの駅の3つ西にある林野駅から、津山市の作陽高校に3年間通ったのです。数時間に1本通る一両の列車は、夜見ると「ネコバス」のようです。 第532回年末ジャンボ宝くじの抽選会が昨日ありました。1等2億円の当選番号は83組136917、私の手持ちの券の一枚は…。当たっちゃったのか!と思いましたが、よく見てみると残念。12月にこだわって購入しましたが、さらに分析して次回に運をカケようと強く思ったのでした。 |
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