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千日とは?/ アットローン

[ 556] 千日デパート火災 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E6%97%A5%E3%83%87%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%88%E7%81%AB%E7%81%BD

1932年9月28日に竣工した大阪歌舞伎座の建物だったものを、新歌舞伎座竣工に伴い改装。地下1階から地上5階までが商業施設、6階は演芸場の千日劇場と食堂、7階は大食堂、屋上には遊戯施設の陣容を誇るショッピングセンターとなった。朝10時から夜10時まで営業。「まいにちせんにち、千日デパート」のコマーシャルソングで知られ、また1960年現在の泉陽興業の手により設置された屋上観覧車は大阪名物となった。「デパート」と銘打ってはいるが、百貨店ではなく、ショッピングモール(専門店街)であった。
火災発生当時は1〜2階が専門店街形式で直営の『千日デパート』、3〜4階はスーパー『ニチイ千日前店』、5階が均一ストア、6階がゲームコーナー(千日劇場跡)、7階がキャバレー『プレイタウン』(子会社の千土地観光経営)で、地下1階はお化け屋敷と喫茶店を組み合わせた『サタン』(千土地観光経営)となっており、同じ商業施設でも階毎に経営者が異なる雑居ビル状態だった。その上、6階の劇場跡部分をボウリング場へ改装中であり、また3階ニチイの洋品売場も改装工事中であった。
閉店直後の22時27分頃、3階婦人服売り場より出火。延焼は5階までだったが、建材の燃焼による有毒ガスが階上に充満し、避難設備の不備と従業員の不手際が重なって、死者118名・重軽傷者78名の大惨事となった。出火原因は工事関係者のたばこの不始末。逃げ道であるはずの階段室が煙突の役目を果たし、当時この時間帯で唯一営業していた最上階のキャバレー(当時はアルサロ(アルバイトサロン)と言った)に煙が充満。この時、キャバレー従業員はパニックに乗じて客が飲み逃げしないように、避難扉の外側から施錠したため被害が大きくなったと言われる。更にエレベーターが火災による停電で停止。逃げ場のなくなった客の多くはやむなく窓ガラスを割り、15m下の地上目掛けて飛び降りた。しかし無事飛び降りた客は殆どおらず、飛び降りた24名の内22名が全身挫折や頭蓋骨折などで死亡(即死の客も)。これが結果的に被害を拡大させる1つとなった。飛び降りなかった客の多くは一酸化炭素中毒で窒息死し、96名が7Fフロアで折り重なるように倒れていたという。この内一部の遺体は、窓枠にしがみつき半身を乗り出した状態で絶命していた。また非常誘導路に当たる箇所に間仕切りが施され、事実上非常誘導路が消失していた事等、商業至上主義の雑居ビルの欠陥を露呈させる事件となった。
同ビルは大阪有数の地価を誇る千日前交差点の角地に位置していたため、家主の日本ドリーム観光はこの時価に見合う賃料収入を確保すべく、多くのテナントを入れていた。この結果、全館の管理責任体制がかなり散漫となっていた。また日本ドリーム観光はテナントから管理料を徴収し、原則夜間駐在を認めなかった。これは同社が夜間管理を一括して行うことを意味したが、結局その日本ドリーム観光側の管理体制に手抜かりがあり、火災発生から消防署への通報まで相当な時間があったと言われる。更に、このビル自体、大阪歌舞伎座を改築した古い建物であったため昭和25年施行の建築基準法に不適合の状態であり火元の3Fで防火シャッターが自動作動するものではなく保安係が作動させなかったことや、スプリンクラーが未設置であったりしたことが被害を拡大させた一因でもある。
この火災に関して、千日デパート関係者2名(管理部次長・管理部管理課長)および『プレイタウン』を経営する千土地観光関係者2名(代表取締役・プレイタウン支配人)の計4名が、業務上過失致死傷罪で起訴された。このうち千日デパート管理部次長については第一審係属中に死亡したため公訴棄却となったが、残り3被告について第一審(大阪地裁昭和59年5月16日判決)は、3被告全員に無罪を言い渡した。しかし、控訴審(大阪高裁昭和62年9月28日判決)では一転して全員が有罪とされ、上告審においても結論は変わらず(最高裁平成2年11月29日決定)、千日デパート管理部管理課長に禁錮2年6月・執行猶予3年、千土地観光の2被告は禁錮1年6月・執行猶予2年の有罪判決が確定した。
また、この事件と翌年起きた大洋デパート火災が建築基準法に対し「既存不適格」であったことで、こういった物件を早急に無くすために建築基準法及び消防法の大改正が行われる契機となった。
千日デパートは火災後閉鎖され、そのまま放置されていたが、1983年に取り壊され、跡地に1984年からダイエー系のプランタンなんばが建った。当初はダイエーが賃借していたが、1993年の合併で自社ビルとなる。しかし、フランス・プランタンとの提携解消後『カテプリなんば』と改称したが間もなく業績不振で閉鎖。2001年、ビックカメラに賃貸。同社のなんば店(関西進出第一号店)となっている。ビル内には、手芸用品専門チェーンの「ユザワヤ」、100円ショップ「キャンドゥ」、パチンコ店「京一」なども入居している。
千日デパートの専門店街に入居していた一部の店舗は、近隣で同じ日本ドリーム観光が経営していた大劇プレイタウンの1階に移転し、引き続き営業を行っていた。
「このデパートのあった場所は昔処刑場で、そこで死刑になった人数(118人)とこの火事での死者の数が一致する」といういわゆる都市伝説がある(ただし、この土地は江戸時代は確かに「千日ばか(墓)」と呼ばれ、罪人などが処刑された場所である)。また火災以降はビルに面する千日前筋で客待ちをしていたタクシーの運転手が幽霊を乗せたという話や、プランタンなんばが建設された以降もあるフロアやそのトイレで心霊現象を体験したという話なども多い。

 

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